『教養論ノート』書影
ACADEMIC / 学術・研究

教養とは復興期の精神である。

教養論ノート

著者/浅羽 通明

読書とはひきこもりですか?
思想とはセカイ系ですか?
知識人はオタク化しますか?
あなたは臨床思想士になりますか? そして、教養は復興できますか?

FORMAT / EDITION
単行本
820円+税344ページ17.2 × 10.8 × 2.4 cm
ISBN 978-4903722252
ABOUT THE BOOK

書籍内容

『ニセ学生マニュアル』『大学で何を学ぶか』『右翼と左翼』の論客、浅羽通明が全知識人に問うた挑発的教養論が、十年ぶりに増補改訂されて復刊! 教養こそが、ひきこもりを、オタクを生んだ元凶か!? 2000年、幻冬舎刊の再刊

REVIEWS / NEWS

書評ほか

ジュンク堂書店月刊誌『書標』掲載

福嶋聡氏(ジュンク堂難波店店長)評ジュンク堂書店月刊誌『書標』

「結局わかりませんでした」かつて、「教養」に生き死にの指針を求めたビートたけしは、学者たちとの対話の末に、こう言った。

世の「哲学」「思想」「教養」とは、実は「主義主張」ではなく、奉じた本人が人生の大事の場面で使えない、「趣味主張」だからだ。それらは、「世間」で生きにくい人々が逃げこんで引きこもる「今一つの世界」なのだ。そして、そうした知の「世間」が内輪で共有する価値基準、隠語、了解事項などなどは、外部の我々にはさっぱり通じないまでに閉じきっている。二つの「世間」の間には、越えがたい壁が聳えているのである。

だが一方、生き死にの指針を希求する人々、「自分探し」をしたい人々は、たしかに実在する。「知識人」=「逃亡奴隷」がそれに応えるために、何が必要か?

まず自身が「思想」や「哲学」を必要としてしまった初発の動機をしっかり自覚すること。そうして、需要より供給が先にある「知の専業者」のヒエラルヒーを逆転し、需要と供給がかみあったところで知の価値が決定される自由市場を構築していかなければならない。

そのために、医学や法学における民間開業医や弁護士のように臨床を受け持つ職種、顧客の問いがまずあって、持ち込まれた問題、欲求に応えるかたちで仕事を始める「開業知識人」とでもいうべき職種が、「哲学」「思想」「教養」にあったならば……、と浅羽通明は夢想する。

書店が、そのような「知の臨床現場」であり得たなら……、とぼくは夢想する。

AUTHOR

著者紹介

浅羽 通明

1959年、神奈川県生まれ。「みえない大学本舗」主宰。著述業、法政大学非常勤講師。81年、早稲田大学法学部卒業

(刊行時現在)