「毒」がなくてはつまらない  「蜜」がなくては諭しめない  「骨」がなくては意味がない
「毒」がなくては詰まらない 「蜜」がなくては愉しめない 「骨」がなくては意味がない
LEADERS NOTE
「毒」がなくては詰まらない 「蜜」がなくては愉しめない 「骨」がなくては意味がない

【日刊工業新聞 掲載】


ネトゲ廃人:【1】バーチャルに生き、現実世界で生きられない人、増える(25日)
 

寝食も忘れてインターネットのゲームにのめりこみ、学校や職場に行けなくなる人たちが現れ始めた。現実で生きることを放棄した彼らは、「ネトゲ廃人」と呼ばれる。廃人がひしめくバーチャルな世界で、何が起きているのか。【山本紀子】


 1カ月、風呂に入らなくても平気だった。大学には通わず、電話にも出ない。料金未納でガスも止められたが、不自由と思わなかった。狭いアパートで、ベッドとパソコンの前を移動するだけ。血行が悪くなり、冬は足や手の指にしもやけができて痛かった。神奈川県の男子大学生(22)は、地方の国立大に入学した18歳の夏休みから、ネットゲーム「ファイナルファンタジー11」(FF11)に夢中になった。1人暮らしを始め、厳しい親の目がなくなったのがきっかけだった。1日4時間が10時間、20時間と伸び、外の世界には関心がなくなった。食パンをかじり牛乳を飲む日々で、52キロだった体重は46キロまで落ちた。

FF11は、魔物がはびこる中世の世界で、自ら主人公となって敵と戦うゲーム。ネット上で見知らぬ人とチームを組んで挑む。勝てば攻撃力や防御力が増してレベルが上がり、さらに強い相手と対戦できる。敵はいつ画面に現れるのかわからない。「仲間どうしで交代で眠って、出現を待った。勝てば達成感があった」。何度打ち負かしても、さらにハイレベルの魔物が現れる。ネットゲームの世界に終わりはない。廃人同様の生活を送るようになって3年たったある日、疲れ果て、宝探しと戦闘に明け暮れる日常が楽しく思えなくなり、ログインをやめた。以来、FF11の画面を開いたことはない。

「ゲームにはまった本当の原因は自己嫌悪。第1志望の大学に挑戦しなかった自分が嫌だった。ゲームをしてれば何もかも忘れられた」。今春、実家近くの別の大学に通い始めたが、卒業後が不安だという。「膨大な時間を損した。若者が勉強もせずゲームばかりしたら、まともな勤めはできない。ネトゲ廃人が増えたら社会の損失でしょう」
ネトゲ廃人:【2】目立つ不登校 禁止すると暴力

オンライン上で複数の人が同時にゲームに参加するネットゲーム。気のあう仲間とチャット(会話)したり冒険に繰り出したり、自分でストーリーを進行する楽しさがある。日本では02年ごろから流行し始めた。月の基本料金は千数百円程度で、無料で提供されるゲームもある。


日本オンラインゲーム協会調べ
中学時代に1日10時間ネットゲームをしていた浪人生(18)は言う。「年代の違う人といろんな話ができて疑似家族のようになった。会うことはないのでわずらわしさはなく、腹を割って話せる」 一方、架空の世界に魂を奪われ不登校となるケースは数年前から目立ち始め、深刻化している。 「ネットゲームをやめるよう説得すると子どもから暴力をふるわれている、という相談が半年前から目立ち始めた」。不登校やひきこもりの相談に乗るNPO法人「教育研究所」(横浜市)の牟田武生理事長は話す。

「リモコンをテレビに投げつけ、食卓をひっくり返し、手にかみつき、首を絞められることも。殺されるのではないかと思うくらいです」。中3長男のゲーム依存に悩む母親はうつむいた。長男は昨秋からネットゲーム「メープルストーリー」のとりこになり、不登校となった。成績のよい息子に期待していた両親は焦った。今年4月、ゲームの運営会社「ネクソン」に頼み込みログインできないようにしたが、ひどい暴力をふるわれ、警察を呼んだ。半狂乱の長男は2階の窓から身を乗り出し「ゲームできないなら死ぬ」と叫んだ。根負けして会社に再懇願、ゲーム環境を復活した。

長男は日に15時間、パソコンの画面に向かう。やんちゃで表情豊かだったのに「目元がきつくなり人相が変わった」と母は嘆く。「親にはつっけんどんなのに、画面に向かうと突然クスッと笑ったりするんです……」「成長期の子がネット漬けになる。なぜ業界は子どもが24時間アクセスできるようにしているのか」と父親。メープルストーリーは、魔法使いや海賊などのキャラクターにふんし冒険を楽しむ子ども向けのゲーム。ユーザーの8割が小中高生。「保護者に安心してもらいたい」と同社は昨年末、親が子どものゲーム時間を制限できるシステムを導入した。しかしシステム利用にはパスワード入力が必須。長男がパスワードを教えてくれず、この父親は制限をかけられずにいる。
ネトゲ廃人:【3】進まぬ対策 統計もなし 運営会社社長「因果な商売」
学生や主婦など「廃人」25人を取材、「ネトゲ廃人」(リーダーズノート)を出版したジャーナリストの芦崎治さん(55)は言う。「頭がよくて回転の速い人が多い。でもどこかに心の空白があって、ずるずると続けてしまう。バーチャルな世界で時間をつぎ込むほど、レベルが上がって尊敬され存在価値が得られる。一方、現実で生きがいを見いだしにくくなる」 芦崎さんは、ネットゲーム大国の韓国も訪れた。86時間ゲームを続けたことによる死者まで出ている。「韓国では国が主導し、ゲーム業界が10億円出して若者の更生プログラムを組んでいる。日本も早急な対策が必要です」 しかし国内では対策はおろか、ネットゲーム依存者の統計もない。人気ゲーム、FF11を運営するスクウェア・エニックスは「長時間プレーする人が何人いるのか、把握していない。わかっても、外に出す数字ではない」という。「普段の生活に影響を及ぼさないよう自己管理してください」。ゲーム会社21社でつくる日本オンラインゲーム協会は、3年前に定めたガイドラインでうたう。しかし親のクレジットカードで代金を引き落とすなど子どもをめぐるトラブルが絶えず、ガイドライン改訂を決めた。事務局は「未成年対策を充実させ、利用時間についてもさらに注意を呼びかけたい」という。

「企業なので利益を上げなくてはいけない。でもその裏で人が壊れていくとしたら、因果な商売です」 ネットゲームを運営する「ハイファイブ・エンターテインメント」の澤紫臣(しおん)社長(33)は率直に語る。幼少時からテレビゲームに親しんできた澤さんだが「廃人でもゲーム脳でもありません」。ゲームに依存しやすいのは「人生で何かが欠落している人」だと分析する。「ネットでのコミュニケーションが社会との唯一の窓になっている人もいるけれど、ほどよい距離感が必要です」 最近は低年齢のゲーマーが気になるという。ひらがな交じりの幼稚な書き込みが、以前より多くなっている。澤さんはいう。「ゲームに抵抗の少ない世代の親に育てられた子がどうなるか、不安です」
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